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中津川市へようこそ!山が近くて川がきれいで水も空気もおいしい

2025年1月末(外国人含)

人口と世帯
人   口 73,410人
男  性
女  性
36,070人
37,340人
世  帯 31,903世帯
中津川市に住もう

【1/25 ぎふ暮らし移住フェア】開催まであと2日!!中津川市の魅力〜その3~

中津川に住もうスタッフ 2025年1月23日 木曜日

こんにちは!定住推進課です。

東京で開催される『ぎふ暮らし移住フェア』までいよいよ残り2日!!🔥
フェア開催前に中津川市の魅力をちょこっとずつ発信していこうということで、これまで「豊かすぎる自然」と「豊かすぎる食」についてご紹介させていただきました!

そしてあっという間に最後となってしまいました・・・。
そんな最後にご紹介するのは「豊かすぎる歴史文化」です!👏

 

みなさんは「中山道」を知っていますか?
江戸時代、参勤交代や物資運搬をさせるために徳川家康が江戸と各地を結ぶ5つの街道を整備しました。その五街道の1つで、江戸の日本橋と京都の三条大橋を内陸経由で結んだ街道を「中山道」と言います。
中津川市はこの「中山道」が通るまちなんです。

中津川には「中津川宿」、「落合宿」、「馬籠宿」という3つの宿場町があり、中山道を行き交う旅人を受け入れてきたそうです。
そのまちなみは今でも江戸時代の風情そのまま残っており、そこに行くとタイムスリップしたような気持ちになれます😊

さっそくですが、この3つの宿場町についてご紹介したいと思います。

まずは江戸から45番目の宿場町「中津川宿」。
中津川宿⬇

「ここは・・・江戸時代・・・?」と錯覚しませんか・・・?
この通りには、中津川名物「栗きんとん」などの和菓子を扱っているお店や、「coagari(こあがり)」という高校生や大学生等の居場所づくりのためのカフェ、昔ながらの商店街が並んでいます。
ここでは毎月第1日曜日(1月を除く)に「六斎市」という催しが行われます。
農家や商店街の人々など、地元が中心となって出店し、中津川ならではの食や産品、人とのふれあいが楽しめます。毎月様々な企画が催されるのも魅力の一つです!♪

またここには「中山道歴史資料館」があり、中津川市の歴史資料として重要な古文書、公文書等の記録類が保存されています。また裏には脇本陣があり、中を見学することもできますよ🤗

そして夜の雰囲気もとっても素敵なんです🌌✨

次に江戸から44番目の宿場町「落合宿」についてご紹介します。
落合宿⬇

落合宿本陣は中山道ぎふ17宿の中で唯一本陣が残っており、歴史の面影を感じることができます😳
また落合宿付近にある落合の石畳も人気のスポットです!
石畳⬇

とても静かで神秘的🌳 このひんやりとした深い森の中、石畳を踏みながら歩くと昔、ここを歩いた旅人の気持ちが感じられる気がします😌
この石畳は、「落合宿」と次にご紹介する「馬籠宿」の間に急な坂道が多くあったため、旅人の便を図るのと坂道を大雨から守るために作られたそうです。

最後にご紹介するのは江戸から43番目の宿場町「馬籠宿」です。
馬籠宿⬇

この「馬籠宿」は今観光地として大人気で、外国人観光客も多く訪れます!
この石畳が敷かれた坂に沿うこの「馬籠宿」では日常から離れ、水のせせらぎ、小鳥のさえずり、街道を横切る風を感じながら、粋なひとときを過ごすことができます♪
坂の両脇には都会にはない雑貨屋さんやレトロなカフェなどもあります☕️
そして坂を登ると、見晴台がありそこから見える大自然の景色はとても美しく感動します!!✨写真はあえて載せません!ぜひ実際にこの坂を登って、見に来てください😊
駐車場から見晴台まで距離はそこまでないのですが、坂が結構キツイくて、、、息が上がってしまいます💦
「中津川宿」から「馬籠宿」までは約10キロで2時間ほどかかります。さらにこの坂を乗り越えて江戸まで行っていたのかと思うと昔の人って本当にすごい、、、尊敬します、、!
またこの「馬籠宿」は日本近代の文豪・島崎藤村の出生地でもあるんです!🔥生家跡(本陣)が資料館として馬籠の歴史を伝えています!📖

さて、「中山道」&「宿場町」の魅力は伝わりましたでしょうか??

次に苗木城跡についてご紹介します。
苗木城跡⬇

全国でも珍しいと言われる苗木城跡の石垣には、なんと!自然の巨岩がそのまま活用されています!年代によって積み方の異なる石垣も見どころです!🏯

さて、ここでは苗木城跡の歴史を紹介したいと思います!🏛
苗木城は戦国時代(1526年頃)遠山氏により築城されました。
遠山氏は織田氏、武田氏と縁戚関係を結び勢力を広げますが、本能寺の変の後、森氏に城を追われます。
徳川氏に身を寄せ、関ヶ原の戦い前に家康の指示で苗木城を取り戻したそうです。
この功績により、遠山氏は苗木領の大名となり、戦乱の時代から明治維新まで十二代(約270年)にわたり苗木領を治めました。
ざっと簡単にご説明しましたが、「もっと知りたい!」という方もいらっしゃいますよね??🤗
城跡入口付近に「苗木遠山資料館」があり、そこでは苗木城に関わる貴重な資料を展示しています。

ここでは城跡を案内するガイドの受付も行っておりますので、歴史背景などを聞きながら城跡巡りをしたい方はぜひご利用ください◎
【遠山資料館ホームページ】
https://www.city.nakatsugawa.lg.jp/museum/t/index.html

そして以前、豊かすぎる自然のブログで苗木城跡から見た景色についてちらっとご紹介させていただきましたがまたまたご紹介しちゃいます!

日本百名山の恵那山、木曽川、市街地を360度見渡すことができる絶景✨何度見ても感動します🥺

最後に地歌舞伎についてご紹介します!
地歌舞伎⬇

地歌舞伎の始まりは、江戸元禄期、歌舞伎が上演されるようになった頃、プロの役者に憧れた地方の人々は、芝居を見るだけでは飽き足らず、自ら演じて楽しむようになりました。これが『地歌舞伎』の始まりです。
昔は、各地で盛んに行われた地歌舞伎ですが、今では200ほどの団体がその保存活動をしており、そのうちの30団体が岐阜県に集中しています。
中津川市内には6つの保存会と3つの芝居小屋が残っています🛖
そのうち『常盤座』と『かしも明治座』の2つの芝居小屋では、公演などの催しがない場合に限り、役者が利用する楽屋や舞台の下など、公演では見ることができない舞台の裏側を見学することができるんです!😏
なかなかできない貴重な体験が味わえますよ◎

『常盤座』⬇

『かしも明治座』⬇

地歌舞伎は定期的な公演会や20分程度の短めの特別ミニ公演(解説付きのものもある)が行われており、そこには江戸時代から変わらない熱気と風情のある景色か広がっています✨

「かしも明治座」のホームページでは公演情報を掲載しております!興味のある方はチェックしてみてください😉
https://meijiza.jp/kashimokabuki/

中津川市で「地歌舞伎」しませんか?

 

さて、今回は中津川市の「豊かすぎる歴史文化」についてご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
中津川市は自然や食べ物が豊かなだけでなく、歴史文化もしっかりと残っているまちなんです。

今日で最終回と言いましたが、中津川市の魅力はもっともっとたくさんあるのでこれからも定期的にご紹介していきたいと思います!みなさんもよかったら覗きにきてくださいね😉

それでは、「ぎふ暮らし移住フェア」の開催までいよいよ残り2日・・・!!
少しでも興味を持っていただいた方はぜひ明後日、会場へお越しください!直接お話できること楽しみにしています😊

移住フェアの詳細はこちらをチェックです!😉