中津川市定住情報ポータルサイト
「中津川に住もう!」

中津川市へようこそ!山が近くて川がきれいで水も空気もおいしい

2026年5月末(外国人含)

人口と世帯
人   口 71,876人人
男  性
女  性
35,346人人
36,530人人
世  帯 31,974世帯

トップページ  >  

ここにタイトル

 

ご出身:中津川市
移住元:東京都世田谷区
現住所:中津川市駒場
ご職業:会社員(リモートワーク)

中津川市出身。高校進学を機に地元を離れ、東京で就職。現在はスポーツ関連の仕事に従事。アジア競技大会関連の仕事をきっかけに家族で中津川へUターン。

現在は名古屋・東京との仕事(リモートワーク)を続けながら、地域資源を活用した交流の場づくりにも取り組みたいと考えている。

 

 

「いつか帰ろう」を20年越しに実現

東京でスポーツ関連の仕事に携わりながら、中津川市へUターン移住した青山さんご一家。
自然豊かな環境での子育てや地域とのつながり、そしてこれから挑戦したいことについてお話を伺いました。

 

Q1 東京から中津川へ戻ろうと思ったきっかけを教えてください。
またいつ頃移住を考え始めましたか?決断するまでに迷いや不安はありましたか?

「いつか帰る」は、ずっと心の中にありました。
中津川を離れたのは高校進学のためでした。その後は東京で暮らし、スポーツ関係の仕事でさまざまな経験を積んできました。東京での生活は刺激的で、多くの人との出会いや仕事の機会に恵まれていました。
それでも、20代半ば頃から「いつかは中津川に帰りたい」という思いは変わることがありませんでした。

東京には東京の良さがあります。でも、自分が暮らしたい場所はずっと中津川でした。その思いを後押ししたのが、愛知・名古屋で開催されるアジア競技大会に関わる仕事でした。「地元に戻るなら今しかない。」そう感じ、大きな迷いや不安はなく移住を決断しました。

移住を決めるにあたって子育て環境も重要視していました。
中学校まで中津川で育った自身の経験は、今でも大切な原体験として心に残っています。山や川で遊び、自然の中で過ごした日々。その暮らしを、自分の子どもたちにも体験してほしいという思いがありました。
自然の中で過ごした経験が、自分の土台になっています。だから子どもたちにも同じような体験をしてほしかったんです。

東京に住んでいた頃も、公園の近くを選んで暮らしていました。都会にいても自然を求めていた自分に気づき、改めて中津川での暮らしを選びました。

 

Q2 戻ると決断された時の周囲(家族・友人・職場)の反応はどうでしたか?

移住については、結婚前から妻へ「いつか地元に帰りたい」と伝えていました。妻自身も自然豊かな地域で育ったことから、中津川での暮らしに大きな抵抗はありませんでした。

コロナ禍に妻と子どもと一緒に中津川へ半年ほどコロナ疎開したんです。そのおかげもあってこうゆう生活は慣れていました。

職場や友人にもいつか帰るとは言っていたので、周囲から特に驚かれることはありませんでした。

Q3 中津川市に戻ったらどんなことをしたいと思っていましたか?実際に中津川に戻って、やりたいことは実現できましたか?

京にいた頃から、東京の仲間や外から来る人たちが集まれる「里山の拠点」をつくりたいと考えていました。裏山を父がある程度整備してくれていたのですが、もともとは暗くて人が入りにくい山林でした。
私自身も東京在住時から少しずつ開拓し、今では明るく開放的な空間へと変わってきています。

中津川に戻ってからも、その取り組みを続けています。
東京の友人を招き、キャンプをしたり、里山で過ごしたりしながら、中津川の魅力を知ってもらう機会をつくっています。皆とても喜んでくれるので、やりたかったことは少しずつ実現できていると感じています。

今後は、古民家や蔵を活用したゲストハウスのような宿泊スペースを整備し、数日から数週間滞在しながら地域の暮らしや農業を体験できる場所にしたいと考えています。

現在は蔵の改修も進めており、この里山を通じて、より多くの人に中津川の魅力を伝えていきたいです。

 

Q4 中津川に戻って苦労していることはありますか?

そんなにないです。もちろん東京の方が便利さはありますが、車があれば生活面で苦労することはほぼないです。
しいて言うなら子どもの習い事の選択肢が減りましたね。レベルの高い先生と出会える機会は東京の方が多い印象があります。

Q5 青山さんのようにUターンで戻ってきてもらうために何が必要だと感じますか?

子育て世帯にとって絶対いい場所だと思いますよ。僕も東京の仲間を誘っていますが・・・。
でもUターンや移住を考える上では、子育て環境だけでなく仕事環境も重要だと思います。

特にフリーランスやリモートワークができる人たちは、今の仕事を続けながら地方で暮らすことができるので、そうした人たちを後押しする制度や支援があると、移住のハードルは下がるんじゃないでしょうか。

また、移住者と地元の人たち、地域の仕事や活動をつなぐ仕組みも大切だと思います。
外から来た人が地域と関わりやすくなり、お互いの強みを活かせるような接点が増えれば、中津川での暮らしや仕事の可能性も広がっていくと感じています。

 

Q6 奥様から見て、「もっとこうなったら中津川はさらに暮らしやすくなるのに」と感じることはありますか?

子どもの教育環境や遊び場については、移住前にもっと知る機会があれば安心できたと思います。

実際に移住を考える家族にとっては、学校の雰囲気、地域の子育て環境、休日の過ごし方、自分と似たような境遇の仲間・コミュニティとの繋がりなどを重要視すると思うのでそのサポートがあるともっといいなと思います。

 

Q7 中津川ならではのおすすめスポットや休日の過ごし方は?

(青山さん)付知にある「おんぽいの湯」(温泉施設)はよく行きます。県外の人からも人気な施設だと思います。あとひと・まちテラスも仕事環境がいいのでよく利用しています。

(奥様)ひと・まちテラスは子どもたちとよく行きます。図書館がすごく好きで、市内の施設の中だったら一番よく行っています。調理場もあるので、いつか使ってみたいなあと思っています。すごく素敵な場所だと思います。

あとは少し遠いですが、中津川公園にも行きます。BMXできる場所があり、子どもが自転車を持っているので行っています。

Q8 仕事について教えてください。現在、仕事はリモートワークと伺っておりますが、リモートワークはUターン前からですか?それとも移住を機にリモートワークに切り替えたのですか?

Uターン前からです。コロナ禍以降リモートワークが増えました。今は週2回ほど名古屋へ、月1~2回ほど東京へ行っていますが、リモートワークは時間を有意義に使えますよ。

Q9 中津川の生活には慣れましたか?

どもが思った以上早く順応してくれて安心しました。移住前、一番心配していたのは子どもたちのことでした。でもその心配は良い意味で裏切られました。

新しい学校や幼稚園にもすぐに馴染み、友達もたくさんできました。今は毎日40分以上歩いて通学しています。体力もついたし、友達も増えたし、本当にたくましくなったと思います。

 

Q10 利用した補助金制度を教えてください。

東京圏からの移住支援金で80万円の補助金がありました。あとは蓄電池の補助金も利用しました。

Q11 これから中津川で挑戦したいことはありますか?

トップアスリートと子どもたちが交流できるスポーツキャンプの開催です。スポーツを通じて関係人口を増やせればと思います。実はこれまで全国各地でスポーツイベントの企画・運営に携わってきたんです。その経験を活かし、中津川でも実現できればなと考えています。

スポーツをきっかけに中津川を知ってもらう。そして何度も訪れてもらう。そんな関係人口づくりができたら面白いと思っています。

子どもたちにとっては本物のアスリートと触れ合う貴重な機会となり、保護者にとっては中津川の暮らしを体験するきっかけになります。

Q12 地方に戻ることを迷っている人に伝えたいことは?

もし少しでも『いつか帰りたい』『地方で暮らしたい』という気持ちがあるなら、きっかけが来た時に勇気を出して一歩踏み出してみてほしいです。仕事や住まい、子育てなど不安はあるかもしれませんが来てしまえば意外となんとかなります。
なんとかしてくれる人もいるので安心してください!

 

ご出身:岐阜県中津川市苗木
移住元:兵庫県神戸市
現住所:中津川市苗木
ご職業:フリーランス
会社:ONGIFT(LINE集客コンサルタント、コーチング講師、プロコーチ)

2022年5月に神戸市から中津川市へUターン。
高校を卒業後、名古屋市の大学に進学。大学卒業後はアパレル業界に進み、約15年間アパレル業界に身を置き、直近では神戸にある子供服企業に10年間在籍し、管理職として活躍。

仕事の関係で、これまで愛知、東京、大阪、埼玉、千葉、兵庫の6都市で、計12回の移住を経験された舟橋さんに、中津川への移住についてお話をお聞きしました。

 

 

Q1 中津川市へのUターンはいつ頃からどのようなきっかけで考え始めましたか。

2020年5月、自宅でリモートワークをしている時です。大学の期間も含め20年の間、何度も両親・兄弟家族・友達のもとに帰られないかと考えていましたが、色々な理由をつけて決断を先延ばしにしていました。

世の中が混沌とする中、何か始めなくてはという気持ちに駆られ色々ネット検索をし始めた時からです。

新型コロナウイルス感染症の影響で、仕事がオンラインにシフトし、SNSを通じて、全国の方々とコミュニケーションが取れる機会が増えていきました。
「家にいて仕事ができるなら、実家に帰っても仕事ってできるじゃないか」と時代の変わり目とともに、ちょっとした気付きから大きく方向性が変わっていきました。

 

Q2 中津川市にUターンを決めた理由はなんですか?

2つあります。

1つ目は、オンラインで仕事をし、成果が出た時です。
それまでは不安な気持ちのままでしたが、中津川に帰っても仕事ができるとわかりUターンを決意することができました。

2つ目は、母親の本当の悩みを聞いた時です。
私は人の話を深く聴き、本当の気持ちを引き出すことを得意としています。2021年に帰省した際に母親の話を聴いた時、「家を守っていく責任が重い」という本当の悩みを聴きました。

歴史ある家系で育ち、家や土地を守りたいという想いと重責を感じていることを初めて聴き、高齢の母親から、責任という重荷を少し担がせてほしいと思ったため、Uターンを決意しました。

 

Q3 中津川市へUターンしたらどんなことをしたいと思っていましたか?

20年間離れていたので、まずは家族とたくさん話をしたいと思っていました。あとは、中津川市や東濃地区を、歩いて回りたいと思っていました。

学生時代に訪れた場所や見てきた風景は、今、見渡すと全く変わっていて、今まで感じてこなかった魅力を感じることができています。

 

Q4 中津川市でやりたかった事は、どんな形で実現しましたか?

実家で全国の方とオンラインを通じてビジネスをするということが実現できました。
現在は、オンライン8割、リアル2割で活動しています。

また、中津川や岐阜の名所をSNSで発信することが実現しました。

そして、もう一つは今回のインタビューです。
何か中津川に貢献することを1年に1つ実現したいと思っていました。
本当は移住サポーターに入りたかったのですが(笑)、募集していなかったので一時諦めていましたが、移住体験談というオファーをいただき、今こうして実現しています。

まだ移住して4ヶ月のため、実現できていないことがたくさんあります。
その一つとして、中津川市で店舗を構え、コワーキングスペースと起業塾を開くことです。

中津川から全国にビジネスや魅力を発信できる人を増やし、リアルとオンラインでビジネスネットワークが広がる場所を提供する活動をしていきたいと思っています。
また、経営者・個人事業者・行政・学生らがコラボし、チームを組んでまちづくりを盛り上げていきたいと思っています。

一つ一つ実現していきたいと思います。

 

Q5 Uターンで生活はどんな風に変わりましたか。

毎日のイライラが減り、ワクワクが続くようになりました。

神戸や東京では、環境に依存する部分が大きかったのでちょっとしたことでイライラすることがありましたし、怒っている人や2度見してしまうような人を良く見かけて嫌な気持ちになっていました。

例えば電車が時間通り来ることが当たり前で遅れるとイライラしたり、満員電車にぎゅうぎゅう詰めにされたり、人の行き来が多いため常に危険も隣り合わせなので町に出るたびにドッと疲れが溜まっていましたが、中津川に帰ってきて、美しい自然に囲まれ、人も温かいので、のびのびと生活ができています。

1日の嫌な疲れがない分、夜の眠りも改善され、朝の目覚めも良くなりました。

この環境が当たり前ではないことに感謝しながら、毎日過ごすことができるようになりました。

 

Q6 Uターンして良かったことは何ですか?

神戸や東京などでは味わえない体験をしています。
例えば草刈りですね。最初は重労働なのでイヤイヤでしたが、やってみると案外楽しくって。刈っている間、無心になってやるので、脳を休ませている感覚がするのです。

終わったあとは達成感もありますし、部活が終わったような清々しい気持ちになるので実は今ハマっています。

あとは健康体になって、肌が綺麗になりました。
毎日吸い込む空気が変わったのか、毎日飲む水が変わったのか、ストレスがなくなったのかよくわかりませんが、今まで悩んでいた体の不調な部分が良くなっています。特に肌が荒れていたのが綺麗になったのは良かったと思っています。

 

Q7 Uターンして苦労したことは何ですか?

一つは移動です。私は中津川市苗木地区というところに住んでいますが、中津川駅まで車で15分かかります。
移住する前までは、シェアリングレンタカーを使っていたので、車を所有しない生活をしていました。そのため車が必須の中津川市に来て、父親の車を借りて生活していますが、かなり不便です。

バスの本数もそこまで多いわけでもないし、タクシーは料金も時間もかかってしまいます。
ですので、Uターン後は、ふと思ったことでも「やっぱりいくのを止めよう」と選択してしまうことが増えた気がします。

もう一つは、映画館が遠いことです。
私は映画が好きで、よく映画館でリラックスして映画を見ていました。
Uターンしてきて中津川や周辺にも映画館がないため、4ヶ月間一度も映画館へ足を運んでいません。

それ以外は全く困ることはありません。むしろ良い方が多いです。

 

Q8 Uターンして、楽しんでいること、または、これからしたいことは何ですか?

これからしたいことはたくさんあります。
特にオンラインでの活動が多いため、リアルで人と接する機会を増やしていきたいと思っています。

地元の経営者の方や、中津川をもっと素敵な町にしたいという思いの強い人たちと触れ合う機会を増やし、マルシェやイベントを開催していきたいと思っています。

 

Q9 移住にあたり、利用した制度等はありますか。

該当する制度がなかったため利用はしておりません。
私は利用しておりませんが、さまざまな制度が用意されているので、移住を考えている方は直接市役所にお聞きした方が良いかと思います。

 

Q10 これから移住をお考えの方へのメッセージをお願いします!

移住を考えているフリーランスの方は中津川にきてください。
中津川はおすすめです。

海は残念ながらありませんが、雄大な恵那山をメインとした山並みが圧巻です。
そして都会では見られない空の広さに感動することがあります。

どこまでも続く青空と緑の稜線が、刻々と変化し色合いを変えていくので、デジタルに疲れた頭をほぐしてくれる景色は最高です!

そして、もう一つ。今後数年で大きく町が変化します。
大きな転換点はリニアが通る時。
東京まで1時間弱、名古屋まで15分です。関東圏で比較すると千葉・埼玉・神奈川の同範囲内の時間です。こんな好立地な場所はありません。

今後発展が期待される町で、オンラインとリアルで活躍していくことができます!

心豊かになれる自然に溢れた土地と、将来への期待が大きい町で、私と一緒に町を盛り上げる活動に協力してくれませんか。

 

家族構成(年齢):ご主人 原朋也さん(37歳)  奥様 原房枝さん(36歳)
ご出身:ご主人 坂下 奥様 東京都
ご職業:holidaypark ROASTWORKS

東京から中津川へUターン。
ご主人は高校を卒業後進学で和歌山へ。
その後東京にて10年ほどWEBデザイン会社に勤めた後、中津川へ。
奥様は生まれも育ちも東京都。ご主人と同じ会社で勤めた後、ご主人の実家のある中津川へ。
現在は中津川市本町で、ロースタリーカフェ&コワーキングスペースのあるholidaypark ROASTWORKSを経営されている原ご夫婦に、移住についてのお話をお聞きしました。

 

Q01 移住は、いつ頃からどのようなきっかけで始めましたか?

子どもが育つ環境としては東京よりも中津川の方がいいなと思っていて、子どもが今小1と年少3歳なんですが、小学校に入ったら東京から動けなくなると思ったので決断をしました。

まずは主人が独立してフリーランスに。
毎日満員電車で通勤して、夜遅く帰ってくる会社勤めをしていて、いわゆる都会の波に飲まれて暮らしていくよりも、自分たちにちょうどいいやり方があるんじゃないかと、今後の人生を考えはじめました。
独立してからは自由な時間も増えたので、好きなこと、やってみたかったことを色々やっていました。

 

Q02 移住したらどんなことをしたいと思っていましたか?

もともと物や建造物を保存したり、修復するという営みには興味がありました。
例えば「金継ぎ」という、割れたお皿を漆で修復する技術があって、それを習いに行ったり。古いものを良くする活動をしている友達に会ったりして、自分が移住してもそういう方向を目指したいなと考えていました。

あとはコーヒーが好きだったので、コーヒー教室にも参加しました。東京の巣鴨にある「珈琲サイフォン株式会社」というコーヒー器具メーカーがあって、そこの社長や従業員の方と仲良くなって、週に1回遊びに行ったりとかしていて。コーヒーを身近に感じる日々を1年ぐらい過ごしました。

その時奥さんは、ちょうど二人目の出産のタイミングでしたが、その子が3月生まれで、中津川だとそういうこともないとは思うのですが、東京だと3月生まれってなかなか保育園に入れないんですよ。園児募集のタイミングが合わなくて2歳くらいまでは待機児童を覚悟する状態になりました。

奥さんはまだ自営業でデザインの仕事をしていましたが、子どもが預けられずどうしようとなったときに、「Ryozan Park 大塚」という子連れで通えるコワーキングオフィスに出会いました。そこのオーナーはイギリス人の奥さんと日本人の旦那さんなんですが、ちょうどうちの子と同じ0歳の子がいて。

そこの方たちは、赤ちゃんをフルタイムで保育園に入れたくないという意識があって、自分でも少し働きつつ、子どもも見つつ、みたいなゆるい感じの働き方を探していらして、コワーキング施設専属の保育シッターさんを雇ってらっしゃったんですね。シッターさん2〜3人 がかわるがわるシフトで、保護者が見守るみることができる範囲で、一緒に子連れで来て、一緒にそこで仕事していていいよ、みたいな感じに。

利用しているお母さんたちはライターさんや、デスクワークでフリーランスの方が多かったんですけど、そういう奥さんたちが週に2〜3日子供を預けてそこで仕事して夕方に帰る、みたいな感じのコミュニティがありました。コワーキングってビジネスマンが使うというイメージだったのですが、こういうあったかいコミュニティにもなりうるんだなと感じました。移住ギリギリまでそこに居て、色々な方と出会いました。

その場所と出会ったのが、holidayparkにコワーキングを作るきっかけとしてとても大きい出来事でした。

 

Q3中津川に来たきっかけは?

ちょうど移住を決めたころ、一般社団法人ヒガシミノ団地の松下さんが、東京工業大学の学生さんと一緒に本町エリアで「空き家ツアー」っていうのをやっていまして、それは本町一帯の空き家を全部調査して、貸せそうな家屋を外から来た人に貸しますというものでした。たまたまFacebookでその情報を見て、連絡を取り、はじめてこの本町に来ました。

元々はフリーランスの仕事を続けるための小さな事務所を探そうぐらいの気持ちでいたのですが、本町の趣きある街並みを見て、ここの中の古民家を改装することも出来ると知った時に、奥さんは「ここでコワーキングをやりたい」、そして主人は「じゃあ僕はコーヒー屋をやってみたい」となって。

もしこの空き家ツアーや、このholidayparkの空き家がなかったら、もしかしたらカフェ自体やっていなかったかもしれません。

住まいは、本町のお店から遠すぎない距離の落合地区にしました。

落合は高校の同級生や親戚が住んでいたのですが、小中学校や保育園が近くて、コンパクトだから住みやすそうだねということで決めました。また親戚のつてで、近所の平屋を貸してもらえるということになったのも大きいです。

 

Q4移住先でやりたかった事は、どんな形で実現しましたか?

本町にある空き家を借り、今年の2月頃からリノベーションをして、8月にロースタリーカフェ&コワーキングの「holidaypark ROASTWORKS」をオープンさせました。

空間設計は長野県諏訪市の「Rebuilding Center JAPAN(通称:リビセン)」さんにお願いをしました。リビセンは全国でカフェやゲストハウスを手がけられているのですが、テーブルや建具などに、全国各地で古民家を取り壊す際にリビセンが「レスキュー」してきた古材を使うことをモットーにされています。

「holidaypark ROASTWORKS」でも、この家屋を解体するときにはがした床材を綺麗にして貼り直したり、長野・山梨などで「レスキュー」された古材でカフェテーブルを作ってもらったりしています。古材なので、昔の印が残っていたりして味わい深いです。

施工は付知の大工さんにお願いして、そして僕自身も現場に入って毎日手伝いながら、店舗を作っていきました。結果、とてもデザイン性の高い空間ができたと思います。

中津川には古い空き家が多く残っていて、ネガティブに語られることもありますが、デザイン次第でこんな風に洗練された空間にもできる。中津川の街並みにもこんなにポテンシャルがあるんだよ、っていうのを見せたかったんですよね。

holidayparkの店内ですが、1階はカフェと、コーヒーの豆の自家焙煎をしています。豆だけを買いに来るお客様もいらっしゃいます。カフェは注文してからハンドドリップで抽出するコーヒーや、エスプレッソ、抹茶ラテなどを提供しています。ランチやモーニングはやっていませんが、マフィンなどの焼き菓子やコーヒーゼリーといった軽食は出しています。お菓子も僕が作っています。

焙煎するコーヒー豆は、農園で働く人たちの労働環境が守られていたり、コーヒーの木を栽培をすることで森の環境が守られたりなど、そういった良いストーリーのある農地のものを積極的に使っています。エチオピアの豆に関しては、東京にいる間に知り合ったエチオピア人と一緒に現地の農場を視察したりもしています。

コーヒーはどちらかというと浅煎りを売りにしています。この辺りでは深煎りの、コクや苦みがあってスモーキーな味がスタンダードだと思うのですが、産地によって異なるコーヒー豆の特色を出すには浅煎りの方が分かりやすいんです。なのでここでコーヒー飲まれる方が「えっ!これコーヒー?」と驚かれることがよくあります(笑)。紅茶みたいでおいしいと言ってくださる人が多いです。

2階はコワーキングスペースで、キッチンもあって、Wi-Fi、プリンターなども完備しています。都会で「Ryozan Park」に居た頃のように、誰かがふと来て、ここで仕事をしていた人と偶然知り合いになるという環境が理想的なので、そういうことができればいいなと思って。

私もまだデザインの仕事をしているので、主人がカフェをやっている間に、2階で仕事しています。2階は利用料を1日500円にしているんですけど、カフェで800円以上注文して頂いた方も終日利用OKという形にしています。やはり500円でご利用される方は今のところ1人もいなくて、800円でコーヒーとお菓子を買って、2階にあがっていってお仕事される方が多いです。

ご利用者の例でいうと、近所にお勤めで、事務作業をいつもと違う環境で集中してされたい方とか。あとは子育て世代のお母さんたちで、自分で手芸などの小商いをされる方も多いのですが、そういう方たちが打ち合わせで来たり。

また、イベントやワークショップの場所として貸し出しをすることもあります。毎週木曜は、書道家・水墨画家の女性の先生が書道教室をされています。

 

 

 

Q5中津川に住んでみて、どんな風に生活は変わりましたか。

東京だと、外に一歩出ると車がバーっと来るので危ないから、子どもたちにはひとりでは玄関から出ないでねと注意していました。今は家の前に大きな庭があり、車もほとんど通らない路地にある家なので、子どもだけで外に出て花を摘んできたり、夜に空の星座が見たいと言って出ていくのも自由にさせています。

下の子も通園するのにJR山手線という混みあう電車にベビーカーを押し込むような感じで通勤していたので、病気ももらいやすかったです。子どもの生活はやっぱりガラッと変わったかな。

 

Q6移住をして苦労していることはありますか?

草刈りかな。小学校の草刈りもあるし、保育園の草刈りもあるし、町内会の草刈りもあるし自分の家の草刈りもあるし。草刈り機は一応買ったんですけどなかなか。東京では草刈りはなかったですから。「移住で要るものは何?」って聞かれたら絶対に「草刈り機」と「熊手」って言います!

あとは運転が、私、本当にペーパードライバーで。大学の時に免許を取ったんですけれど、それから15年間一度も運転してなかったんですよ!だからこっちに来て全部思い出したというか。来て一か月ぐらいはもう生きた心地がしなかったです。いつ死ぬかわからないみたいな。誰も横に乗ってくれないみたいな(笑)。

でもみなさん、周りの方も優しいですし、困ったことは特にありません。

 

Q7移住したらどんなことをしたいと思っていましたか?

ご近所さんがすごく親切だったり、夏にはみんなトマトをくれたり。子どもも引越しで環境がガラリと変わるので心配していたんですけれど、全然嫌がっていなくて、二人とも毎日楽しそうに通っています。

あと、出会えばあいさつするのがすごいいいなって思って。東京だとすれ違う人にあいさつって絶対しないんですよ、危ないから。顔見知りとか、例えば学校で見かけたことがある子でもお互いあいさつしないんですよね。だけど中津川では基本あいさつをします。

だから、周囲に誰が住んでいるかなんて、東京の時はまったく知らないけど、今は町内のどこに 誰が住んでいるっていうのはある程度分かった暮らしをしています。

あと、仕事をしていてパッと見たときに山があるっていうのがすごく最高!たまに東京に帰ると、山がないな…って寂しく思ってしまいます。

 

Q8移住して、楽しんでいること、これからしたいことや楽しみにしていることは何ですか?

カフェとコワーキングをしているので、人とのつながりが多くて、お仕事のご依頼もあるし、一緒に何かを企画をすることもあるし知り合いが増えました。

近隣でまちおこしの活動をされている方や、地元で頑張っている若い方などが、自然とここに集まって来るんです。私たちはカフェ一本ではなく、コワーキングオフィス一本でもないのでちょうど良い立ち位置なのではと思います。

本町にカフェがあって、ゲストハウスもできたので、何かもう一個ぐらい。パン屋さんとか、 蕎麦屋さんとか来てくれないかな。

老舗の元気なプレイヤーの方々と、私たちのような若い世代が一緒になってまちを盛り上げている良い流れがあるので、他にも新しいアイディアを持った仲間が、何かやってくれるといいなって。このまち自体を、もっと人が集まるように色々とやっていければいいなと思っています。

 

 

Q9これから移住をお考えの方へのメッセージをお願いします!

中津川は想像以上に住みやすいです。エリアによってはけっこう便利で、 新しいことをしている人もいっぱいいます。

中津川は未開というか、競合するところがないから新しいことをするなら今かなって思います。新しいことをはじめる時のハードルがすごく低いんです。

東京からの移住だと補助金もあって、資金面でもハードルが低くて、えい!って来てみてもいいんじゃないかなって思います。ぜひ仲間になってほしいです。

成瀬洋平様1東京から、中津川市阿木の実家に戻って6年。山の水彩画を描いたり、山岳雑誌のライターの仕事をしています。
都会の人が憧れる田舎というと、安曇野や清里のようなリゾートや別荘地。ここ、中津川はもう少し農村というか、土着の人たちの生活がある感じ。そんな風景が好きなので、中津川市阿木は自分にとって心地よい場所です。

山の水彩画
この場所で育って、子どもの頃から景色の良い場所だと感じていました。こうした綺麗な風景を絵にしたい。それが、絵を描き始めたきっかけです。
ここで暮らしているから、ふとした時に見ることのできる景色がある。そういうのを絵にしていきたいんです。

成瀬洋平様2東京にいた頃は、新商品を紹介するカタログページの仕事が多かったのですが、もっと絵を描いたり文章を書いたりしたいと思っていました。
中津川に戻ってから、仕事の内容が変わりました。新商品のサンプルの貸し借りを迅速にしなければならないような仕事は東京にいないと難しいので数が減ったのですが、絵の依頼や展覧会が増えました。
今はメールでやり取りできますし、絵も発送すれば翌日には東京に届くので、仕事をする中で不便なことはありません。
経済的な部分では不便なこともありますが、生活にかかる費用はここだと少なく済みます。

中学生の頃からクライミングをやっているんですが、ここは全国でも有数のクライミングエリアである笠置山が近くにあります。今は、よく笠置に登りに行ったり整備を行ったりしています。
笠置山は関東や関西など遠くから何時間もかけて来るクライマーも多いのですが、今、クライミングをしたり絵を描いたりと普段の生活の中でできるので、とても恵まれた環境にいると思います。

セルフビルドの小屋
中津川に戻った後、実家の裏に自分の手で小屋を建てました。材料を地元の製材所やホームセンターで集め、父親にアドバイスをもらいながら、ロープを張って何か月もかけて造ったんです。
ここはひのきの産地としても有名なので、安くて良い木が手に入るんですよ。普段はここで絵を描いたり雑誌の寄稿文を書いたりしています。
これから小屋の中にキッチンを付けて、外のトイレに繋がる部分も仕上げる予定です。
最近、田舎に移住してセルフビルドで小屋を造る方が増えていますね。中津川市は、自然に寄り添って暮らすことのできる良い環境ですよ。

※成瀬さんの活動について詳しくは、次のサイトからご覧いただけます。
成瀬洋平の素描日記

山の水彩画のポストカードや原画などは、オンラインショップにて販売しています。
naruseyohei online store